モールス信号と聞くと、「トン・ツー」という音や「SOS」のイメージを思い浮かべる人が多いでしょう。
現在では日常生活で使うことはほとんどありませんが、19世紀から20世紀にかけて、モールス信号は世界をつなぐ大切な通信手段でした。
この記事では、通信の始まりからモールス信号の誕生、黄金時代、そして現代までの歴史を初心者にもわかりやすく解説します。
古代から近代までの通信の歩み
通信の歴史は「いかに遠くに情報を伝えるか」の挑戦の連続です。
言葉を得た人類は、まず声やジェスチャーで意思を伝えましたが、遠くに届かないのが弱点でした。
以降、古代から近代まで様々な工夫で遠くに情報を伝えようとします。
- 古代:太鼓や角笛、狼煙(のろし)を使った通信
- 中世:のろし台や伝令兵による情報伝達
- 18世紀:ヨーロッパで腕木通信(セマフォ通信)が発明される
腕木通信では塔の上に大きな腕木(木の棒)を取り付け、角度を変えて文字を表現しました。
これにより「文字情報」を遠くまで伝えることが初めて可能になりましたが、夜や悪天候では使えないという限界がありました。
電気の発見とモールス信号の誕生
19世紀に入ると、電気を利用した新しい通信の可能性が生まれます。
- 1800年:ボルタが電池を発明
- 1829年:ジョセフ・ヘンリーが電磁石の実験に成功
この発見を「通信に使えるのでは?」と考えたのが、アメリカの画家 サミュエル・モールス(1791–1872) です。
1830年代から助手の アルフレッド・ヴェイル と共に研究を進め、1838年にはモールス符号を使った電信実験に成功。
そして1844年、ワシントン–ボルチモア間(東京駅-成田空港駅くらい)で公開通信を行い、歴史に残る最初の電文を送ります。
送られた言葉:「What hath God wrought(これは神のなせる業なり)」
この瞬間、電気を使った長距離通信の時代が始まりました。
モールス符号はこうして生まれた
最初のモールスのアイデアは「単語ごとに数字を割り当てて、その数字に割り当てられた符号を送る」という方式でした。
しかし複雑で実用的ではなく、改良を加えたのが助手のヴェイルです。
彼はアルファベットの使用頻度を調べ、よく使う文字(EやTなど)には短い符号を、あまり使わない文字には長い符号を割り当てました。
この「効率的で覚えやすい仕組み」が、現在のモールス符号の基礎になっています。
1844年の実験ではすでにアルファベット符号が使われ、後に改良を重ねて 1868年の国際会議で「国際モールス符号」として採用 されました。
モールス信号の年表で振り返る
ここで、モールス信号の歴史を年表で整理してみましょう。
年 | 出来事 |
---|---|
古代 | 太鼓や狼煙で遠距離通信 |
18世紀 | 腕木通信(セマフォ通信)登場 |
1800年 | ボルタが電池を発明 |
1829年 | ヘンリーが電磁石の実験に成功 |
1837年 | モールスが電信機の特許を取得 |
1838年 | モールスとヴェイルが符号実験成功 |
1844年 | ワシントン–ボルチモア間で公開通信(歴史的な電文) |
1868年 | 国際モールス符号が国際規格として承認 |
1888年 | ヘルツが電磁波の存在を実証 |
1901年 | マルコーニが大西洋横断無線通信に成功 |
1912年 | タイタニック号のSOS打電 |
1999年 | 商業通信でのモールス利用が一部を除き終了 |
無線通信とモールス信号の黄金時代
1888年、ドイツの物理学者ヘルツが電磁波を発見すると、通信は「有線」から「無線」へ進化します。
1901年にはイタリアのマルコーニが大西洋横断無線通信に成功し、モールス信号は世界中に広がりました。
特に有名なのが 1912年のタイタニック号沈没。
遭難した船から「SOS」のモールス信号が送られ、以後「SOS=助けを求める合図」として世界に定着しました。
20世紀前半は、軍事通信・商業通信・アマチュア無線においてモールス信号が主役を担い、まさに「黄金時代」と呼ばれる時期でした。
発明王トーマス・エジソンは、実は若い頃に電信技士をしていました。
彼は恋人にプロポーズするとき、直接言葉にできずに モールス信号で愛を伝えた というエピソードがあります。
この話は、モールス信号が当時どれだけ人々の生活に密着していたかを物語っています。
衰退と転換
しかし20世紀後半になると、通信は急速に進化します。
- 衛星通信
- 光ファイバー
- インターネット
- 携帯電話
これらの登場により、モールス信号の役割は終わりを迎えます。
1999年には商業通信から完全に姿を消しました。
現代のモールス信号
21世紀の現在、モールス信号は実用通信からは退いたものの、趣味や文化として残っています。
- アマチュア無線の世界では、モールス通信を楽しむ人が今も存在
- モールスを愛好する団体が活動中
- 「SOS」の符号は災害映画やサバイバル知識として今も知られている
便利な通信手段があふれる現代だからこそ、「通信の原点」としてモールス信号を学ぶ人も少なくありません。
まとめ:トン・ツーで世界はつながった
「トン」と「ツー」。
たった二つのリズムが、国境を越え、大陸を渡り、人の心を結んできました。
19世紀の人々が耳を澄ませて聞いたその音は、いまも世界のどこかで鳴り響いています。
それはもう産業の主役ではありません。
しかし、ロマンと知恵を語り継ぐ「小さな灯火」として、生き続けているのです。